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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)10054号 判決

東京都目黒区大岡山一丁目七番一号

原告 岡田一郎

右訴訟代理人弁護士 井上章夫

東京都千代田区丸の内一丁目一一番四号

被告 国鉄労働組合

右代表者 村上義光

右訴訟代理人弁護士 大野正男

同 小島成一

同 渡辺正雄

同 上条貞夫

同 大橋堅固

同 山田伸男

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し五〇万二一六〇円及びこれに対する昭和五〇年一一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)を乗客として常時利用しているものであり、被告は国鉄の職員らで組織する労働組合で法人たるものである。

2  原告は洋裁関係の機械の発明を多くなしており、特許、実用新案、商標等の申請のため特許庁登録課相談室(霞が関の通産省ビル内)には必要の都度行っているが、その場合従前から大岡山駅から目黒駅まで目蒲線、目黒駅から新橋駅まで国電(山手線)を利用し、同駅から特許庁まで歩くという方法をとっている。

3  被告は昭和五〇年一一月二六日公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)第一七条に違反して公共企業体等労働組合協議会(以下「公労協」という。)の統一ストとしてスト権奪還スト(以下「本件スト」という。)を行なったため国電はすべて運休になり、その結果原告が有する国鉄を利用できる権利(以下「国鉄利用権」という。)を侵害した。

4  すなわち、原告は同日特許手続に関する相談のため右相談室まで行くつもりで目蒲線で大岡山駅から目黒駅まで出たが、本件ストのため国電(山手線)を利用することができず、やむなく目黒駅と特許庁との間は往復ともタクシーを利用した。

5  そのため、原告は次のとおり国鉄を利用する場合よりも合計二一六〇円余分に出捐し、同額の損害を蒙った。

往行 目黒駅から霞が関まで(タクシー)一三八〇円(高速道路料金二五〇円を含む)

復行 霞が関から目黒駅まで(タクシー)八八〇円  計  二二六〇円

目黒駅と新橋駅との間の往復運賃(国電)一〇〇円  差引計 二一六〇円

6  原告は本件訴訟の遂行を弁護士に委任し、その手数料として五〇万円を支払う旨約した。

7  よって、原告は被告に対し不法行為による損害賠償請求権に基づき右損害金合計五〇万二一六〇円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五〇年一一月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1のうち被告が国鉄の職員らで組織する労働組合で法人たるものであることは認めるが、原告が国鉄を常時利用していることは否認する。同2は不知。同3のうち被告が昭和五〇年一一月二六日公労協の統一ストとして本件ストを行ない、東京都内を走る国電がすべて運休になったことは認めるが、その余は争う。同4、5及び6の事実はいずれも不知。

2  憲法第二八条により争議権が保障されるに至った歴史的過程から明らかなとおり、国鉄の労働者は同条の「勤労者」として同条の争議権の保障を受けるのであるから、公共企業体職員の争議行為を禁止した公労法一七条は明らかに憲法二八条に違反する。また、同法制定の基礎となった立法事実は、その社会認識の当否はともかくとして(一)それがマッカーサーの指示によるものであること(二)わが国の荒廃した社会経済を一刻も早く復興すること(三)過去極左労働運動が過激な争議を行なってこの復興を阻害したこと、の三点であったが、第一にマッカーサー書簡はわが国の独立とともに効力を失い、第二にわが国は既に経済復興を成し遂げ、第三に今日労働組合運動は大きく成長し、激しい争議行為の原因となった経済的、社会的混乱も終息したのであって、このように公労法が立法事実としたところのものは今日大きく変化し、争議権を剥奪する実質的合理的理由はもはや存在しないのである。それにもかかわらず公労法第一七条を存続させることは、不合理な理由により基本的人権を制限してはならない旨の保障規定でもある憲法第三一条に違反する。したがって、本件ストが公労法第一七条に違反しているとしてもそのことの故に違法とされることはいかなる意味においてもない。

3  公労法第一七条違反の行為には刑罰の制裁がなく、また同条は単なる政策的規定に過ぎず、同法が直接保護しようとしている利益は公共企業体等の正常な運営である。これによって、間接的に保護されるのはたかだか国家経済ないし公共の福祉という全体的、抽象的利益であって、個々の国民に国鉄を利用する権利を認めてこれを保護しようとするものではない。したがって、公労法第一七条の違憲性はさておき、本件ストが同条に違反するとしても国鉄利用予定客に過ぎない原告に対する関係では何ら不法行為法上の違法性を帯びるものではない。

4  本件ストは労働条件向上のために公労法第一七条を楯にした多年にわたる国鉄当局の権利侵害に抗議し、その組合対策の根本的な転換を要求するとともに、国鉄当局ないし実質的な使用者であり国鉄当局と不可分一体の関係にある政府に対して労働基本権の回復措置を講ずるよう要求する目的に出たものであるから政治ストではなく、その目的においても、また、手段においても正当である。したがって、本件ストは正当行為または社会的相当行為に該当し、少くとも不法行為ではない。

5  そもそも原告が主張する国鉄利用権なるものは法的根拠を欠く事実上の利益に過ぎず、不法行為法上の保護の対象とは到底なりえない。鉄道営業法、鉄道運輸規程は民有鉄道にも適用される法規であって、行政取締的見地から鉄道全般に関して一定の作為、不作為を命じたに過ぎず、これをもって私人に対し具体的に国鉄利用権を設定した規範とみることはできない。また旅客営業規則には列車等の運行不能な場合旅客の取扱をしないこと(第七条)、右に至らなくても旅客の運送等の円滑な遂行の必要な場合には業務の制限または停止を行なうこと(第六条)、運行不能等の事由ある場合の国鉄のとるべき措置としては既に乗車券等を購入して契約関係に入った旅客に対してのみ、しかも運賃払戻、有効期間の延長等一定の方法でのみなすこと(第五条、第二八二条ないし第二八八条)が明定されているのであって、このようなことからみれば原告のように乗車券を購入する以前の者の利用権なるものは運行不能の事由の如何を問わず法的保護の対象となりえないというべきである。さらに、国民が国鉄を利用する利益が慣習、条理上法的保護に値するとの根拠は全く存しない。

6  ストライキは労働者が使用者に対し労働の提供をしないことによって自らの要求を貫徹しようとするものであるからその打撃の対象は主観的にも客観的にも使用者以外ありえない。したがって、鉄道利用予定者が仮に不便を蒙ったとしてもそれは間接被害者に過ぎず、労働者が意図的ないし必然的に損害を与えた者とは異なるのである。原告は本件ストの向けられた相手方ではなく間接被害者であるからその損害は本件ストとの間に相当因果関係がない。

7  原告には損害と評価できるものは何ら存在しないから、本訴請求はこの点において直ちに棄却すべきである。即ち、原告宅と特許庁(通産省ビル内)の位置関係及びこれを結ぶ交通網の概要は別紙図面記載のとおりであり、その交通方法は原告主張の方法を含め次の四通りがある。

右四通りの方法のうち所要時間及び歩行距離双方が一番短く通常誰しも利用するのはの方法である。次いで所要時間の短いの方法の利用が考えられ、また、歩行距離の点からのみみればの方法の利用が考えられるが、原告主張のようにわざわざ国鉄を利用するの方法によると所要時間や歩行距離がむしろ長くかかるのであるから、は通常の交通方法とはいいがたい。本件ストが実施された昭和五〇年一一月二六日私鉄、地下鉄、バスはいずれも所定どおり運行しており原告は通常の交通方法(の方法)を何ら支障なく利用することができたにもかかわらずこれをあえて回避し(仮に目黒駅を起点として考えてもの方法が利用できた。)、わざわざ高額な料金のかかるタクシーに好んで乗車し、種々の快適さと便益を享受したのである。

したがって、原告が支払ったと主張するタクシー代金はもともと原告が自ら好んで選択したことにより生じた負担であり、本件スト実施との間に相当因果関係がない。

三  原告の主張

1  公労法第一七条が合憲であることは最高裁においても繰返し確認されており、三公社五現業等は国民生活に重大な影響力を持つが故に国や公共団体が経営し、国民の税金及び財投資金の活用等国家的保護の下にあり、それら職員で組織する組合には現行法においても三公社五現業は公共企業体等労働委員会、地方公営企業は労働委員会、非現業は人事院等というスト禁止に見合う代償機関が置かれており、また事実問題としてかかる職員の賃金等は労使交渉の場だけでなく常時予算委員会等で論じられ、衆参両院の運輸、逓信委員会では組合出身議員等による使用者側当局との事実上の団交が行なわれており、現実の労働条件は一般の労働者よりむしろ手厚く保護されているのである。

2  公労法第一七条違反の行為が政治的目的のためのものであるとか暴力を伴う場合あるいは社会通念に照らして不当に長期に及ぶなど国民生活に重大な障害をもたらす場合には労働組合の目的を達成するためにした正当なものとは認められず、かかる行為は成文法上も刑事的に禁止されている。さらに公労法の保護法益に関する被告の主張はいわば公労法の内部に当局と職員以外の国民は立入るべからずとするが如くであって法治主義に反し今や何ら根拠なきものである。

3  本件ストは目的において法律改正の政治ストであり、手段において国民の足を奪い国民生活を大混乱に陥れた国民人質ストであり、相当性を全く欠くものであるから正当行為にも社会的相当行為にも該らない。

4  国民の国鉄利用権は、国鉄の高度の公共性、国民経済、国民生活に占める地位に鑑みて「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」のうちに含まれ、憲法第二五条にその根拠を置くものであり、その具体的内容は鉄道営業法、鉄道運輸規程、日本国有鉄道運輸規則の特別法により可及的に法規をもって詳細に規定されている。原告は昭和五〇年一一月二六日運送条件が公示されている目黒駅に行ったが、本件ストのため乗車券の発売を受けえなかったのであって、これは契約の申込(運送条件の公示)があったにもかかわらず、原告がなすべき承諾が本件ストのため妨げられたものである。

国鉄利用希望者がかかる契約生成途上の契約準備行為に入れば通常ならばその時に既に国鉄利用の便益は与えられているのであるから、右契約準備行為は国鉄利用権の一部をなすものであり、利用者(旅客)としての法的保護が与えられて然るべきである。旅客営業規則の規定を前提とする被告の主張は本件ストの如き故意に列車の運行を停止した事例にあてはまらず、また同規定は内部事務処理に関するものに過ぎないから原告の国鉄利用権を否定する根拠とはなりえない。仮に国民の国鉄利用権が成文法上の根拠を有しないとしても、国民はいつでも利用できるものとして明治初年の官業としての鉄道省時代から国鉄を税金及び財投資金により育成してきたのであるから、国鉄利用関係は慣習あるいは条理により基礎づけられた法的に保護されるべき利益ということができる。

5  原告は単なる鉄道利用予定者ではなく、現に目黒駅に行き乗車券を買い求めようとした鉄道利用者であるから本件ストの直接被害者である。なお、被告の主張する直接被害者、間接被害者の理論は直接と間接をどのように区分するかにつき難点があり、また相当因果関係説は不法行為と被害者との間の利害調整のための手段に過ぎず、社会通念に反して加害者を免責するものであってはならないというべきである。

6  原告宅から特許庁へ行く交通方法が被告主張のように、、、の四通りあることは認める。しかし、これらの方法のうち原告がどの方法を選択するかは原告の自由意思で決めるべきことである。原告は従前からの方法をとっていたのであって、昭和五〇年一一月二六日もこの方法を選択したにもかかわらず、本件ストのためこの方法をとりえなかったのである。また原告が選択したの方法は右四通りの方法のうち運賃が最も安く(九〇円)、またこれ以外の方法は本件スト当日通常の交通方法とはいえなかった。昭和五〇年一一月二六日はストの初日であって国鉄がすべて運休となったため国鉄に代るべき地下鉄、バスは利用者が押し寄せ、特にターミナル、乗り換え地点は大混雑であって、現に目黒駅でもそうであった。そのため原告はやむをえず次善の策としてタクシーを利用したのであって、特に快適さを求めたわけではなく、スト当日ならば大抵用事のある人が思いつく通常とるべき方法であった。特許庁からの帰路についてもまだスト継続中でありストの混乱を避け早く帰宅するためにやむをえずタクシーを利用したのである。したがって、原告が支払ったタクシー代金と本件スト実施との間には相当因果関係がある。

第三証拠《省略》

理由

一  被告が国鉄の職員らで組織する法人たる労働組合であること、被告が昭和五〇年一一月二六日公労協の統一ストとして本件ストを行ない、このため東京都内を運行する国電がすべて運休になったことは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、原告は洋裁関係の機械の発明を多くなし、その特許申請手続等のためしばしば特許庁(通産省ビル内)に赴いていること、しかし特許庁に行くための国鉄定期乗車券は購入していないこと、原告は昭和五〇年一一月二六日特許申請に関する手続上の問題につき相談するため特許庁登録課相談室に行くつもりで自宅(東京都目黒区大岡山一丁目七番一号)を出て徒歩で目蒲線(私鉄)大岡山駅に行き、同駅から目蒲線で目黒駅まで行き、同駅から三信交通株式会社のタクシーに乗車し、高速道路を経て霞が関まで行き、タクシーを下車して徒歩で右相談室に赴いたこと、しかし右相談室の担当者が不在であったため、原告は直ぐに特許庁を出て午後二時頃西新橋から井坂末吉運転の個人タクシーに乗車して目黒駅まで行き、同駅から目蒲線で大岡山駅まで戻り、同駅から徒歩で帰宅したこと、(原告が霞が関でタクシーを下車して西新橋でタクシーに乗車するまでの間が約二、三〇分であること、目黒駅・西新橋間のタクシー所要時間が約二五分であること、《証拠省略》から総合すると原告が往路目黒駅でタクシーに乗車した時刻は午後一時頃と推測される。)、往路のタクシー代金が一三八〇円(うち高速道路料金二五〇円)、帰路のタクシー代金が八八〇円であることが認められる。《証拠判断省略》

この事実によれば、原告は本件ストのため、当初予定していた国電に乗車することができず、国電運賃(目黒駅・新橋駅間往復一〇〇円)とタクシーによる往復運賃二二六〇円との差額二一六〇円を余分に支出したことになる。

三  ところで、被告は原告における損害の不存在を主張するので、この点から判断する。

前記二認定の国電を利用し得なかったことによる原告の差額支出二一六〇円が不法行為による損害といい得るためには、原告の如く国電利用につき国鉄との間に契約関係を有しないいわゆる一般利用客による国電利用関係が法的保護の対象となる利益(以下「法的利益性」という。)であると認められることが必要であり、次いで右の一般的な意味での法的利益性を肯定したとしても、原告が予定した目黒駅・新橋駅間の国電利用につき本件における具体的事実関係のもとにおいてもなお法的利益性が承認され得るか否かが検討されなければならない(因にこの点を肯定したとしても更にその代替手段としてのタクシー利用の相当性が問題となるのである)。被告が指摘するのは後者の具体的な意味での法的利益性に関するものであると解されるので、前者の法的利益性の判断はさておき、この点の検討を進める。

原告宅から特許庁に至るまでの徒歩をも含めた交通機関利用方法(以下「交通方法」という。)として被告主張の、、、の四通りがあることは当事者間に争いがない。これらの交通方法のうち、原告が選択した国電利用のの方法に法的利益性を認めるためにはそれが他の交通方法との対比において社会通念上通常の交通方法であると認められることが必要である。通常の交通方法と認めるにあたっては、健全な常識人であれば他の方法の利用を相当と認めさせるような特段の事情がない限りその方法を選択することが予想されることが必要であり、そのためには、利用目的、目的地までの所要時間、運賃、乗換回数、所要時間中に含まれる徒歩時間等の観点から総合的に判断されなければならない(もとより複数の交通方法がある場合そのいずれを選択するかは利用者の自由であることは原告主張のとおりであるが、少なくとも違法と主張するストにより当該交通方法を阻害されたことを理由として損害賠償を求めるためには、その方法が右に述べた意味で通常のものと認められなければならないのである。

これらの観点から前記四通りの交通方法を比較すると、目的地までの所要時間が最も短いの方法が右にいう通常の交通方法であると認めるのが相当である。の方法を原告が利用しようとしたの方法と比べると所要時間において九分短く、を利用する場合より約四分の一に相当する所要時間を節減することができ、また、徒歩時間も半分以下で足りる。もっとも、はよりも運賃が二〇円高額で乗換回数が場合によっては一回多いこともあるが、何よりも徒歩時間を含めた所要時間の短さとその利用目的が自己の営業のためであることを考えれば、両者の運賃負担及び乗換回数の差が右の程度にとどまる限りの方法を通常の交通方法と認めることが現今の社会通念に合致するものというべきである。

四  付随する問題についてふれる。

1  先ず原告にとっての方法を利用することを相当と認めさせるような特段の事情があるかどうかについてみるに、原告は平常ストのないときもの方法を利用していた旨主張し、その理由とおぼしき事情として、本人尋問の際自宅から特許庁までの交通方法として以外の方法を知らなかったかの如き供述をする。しかし、同じく原告本人の供述によれば、原告は現在の自宅に二五、六年間居住していること、原告は霞が関、日比谷等の都心に度々赴いていること、原告は東横線を利用したことがあり、同線が中目黒から日比谷方面に相互乗入れしているのを知っていたこと、原告は目黒駅に頻繁に行っており、同駅前にバスの停留所があるのを知っていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

この事実によれば、原告が以外の交通方法を知らなかったなどということはおよそ信じがたいことであるし、既に述べたの利便さとを対比すると、原告がの方法を平常利用していたとは考えることができないところである。仮に原告がその主張のように常に通常とは認められない利用方法を選択していたからといって他にその選択の合理性を認むべき事情も存しない以上その交通方法につき法的利益性を認めることはできない。

2  次に、原告が昭和五〇年一一月二六日の本件スト当日通常の交通方法であるの方法を利用し得なかった特段の事情が存したかどうかについてみるに、原告は当日はいわゆるスト権ストの初日であり、地下鉄、バスのターミナル、乗換地点は特に大混乱であった旨主張する。しかし、当日私鉄がストライキを行なっていなかったことは公知の事実であり、《証拠省略》によれば、原告が当日タクシーを利用したと推認される時間帯を含む午前一一時から午後二時までの間による利用交通機関で東横線と相互乗入れしている地下鉄日比谷線が特段の混雑もなく平常通り運行されていたことが認められ、また《証拠省略》によれば国電目黒駅、東京駅間の東98系統及び黒10系統の都営バスが午後から運行されており、東98系統に相互乗入れしている東急バスが終日平常通り運行されていたことが認められ、更に、原告本人尋問の結果によれば、当日原告が目蒲線大岡山駅から目黒駅まで乗車したとき電車はさほど混雑していなかったことが認められ、いずれも右認定に反する証拠はない。この事実によれば、少なくとも当日の原告がタクシーを利用したと推認される時間帯におけるの交通方法にあげられた交通機関が混乱のため利用できない状態であったとはとうてい認めがたい。

また、原告は本人尋問の際、当日国電が全部運休しているとは思わないで目黒駅まで赴いた旨を供述する。しかし、同じく原告本人の供述によれば、原告は過去に経済安定本部の労働組合を結成して初代委員長をつとめ、日本国策研究会を結成して戦前、戦後にわたる日本史の研究をなし、中小企業政治連盟を設立して初代事務局長となるなど政治、労働問題に関心が深く、新聞は朝日、読売の二紙を定期購入していること、自宅にはテレビがあることが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実を総合すれば、原告は昭和五〇年一一月二六日午前零時から国電がすべて運休になることを少くとも新聞、テレビの報道により当日自宅を出る以前に既に知悉していたものと認めて差支えない。そうであれば原告はストによる国電全面運休の事実を知りながら、通常の交通方法と認むべきの方法を選ばずあえて国電目黒駅まで出向いたものと認めざるを得ないのである。

これらの事実によれば、原告が当日の方法を利用し得なかった特段の事情が存したものと認めることはできない。

五  以上述べたところによれば、原告が予定したと主張する国電利用を含むの方法が法的に保護されるべき利益とは解しがたいから、原告が本件ストのための方法をとり得なかったことによりタクシー代を支出したとしても、本件ストの適否、タクシー利用の相当性等を問うまでもなくその運賃差額をもって損害と認めることはできない。

六  以上の次第で原告の本訴請求はその余の幾多の論点につき判断するまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 山本和敏 裁判官 小佐田潔)

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